腱鞘炎手術の記録

腱鞘炎(ばね指)ガングリオンに翻弄された記録です

腱鞘炎手術の記録・・・左中指<4日目>

腫れはひいてきた。

しわしわも戻ってきた。

 

車の運転も出来るし、ピラティスにも行けた。
後はゆっくり回復してくれるのを待つのみ。

 

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手術までの経過~④

体外衝撃波治療は2か月くらい受けた…。
最初は症状の強い左手から始めたけれど
痛すぎて痛すぎて
かえって痛くなるくらい(-_-;)
で、右手も開始してみたけれど
回数券を購入して
それは体外衝撃波のみの治療分で
都度払いに電気とか手技とか諸々のオプションが加わり
結果、1度の通院にかかる費用は5000円強
それが週に2度くらい
終わりが見えないのに週に1万円強って高くないですかー?

腱鞘炎手術の記録・・・左中指<3日目>

<まだパンパン>

午前中はまだパンパンに腫れてる

 

<絆創膏に変わった~>

ちょっと皺が見えるように。

以外にも曲げられるように>

安静時の痛みは消え始めたけれど
まだまだ、腫れも酷いので痛み止めはしっかり飲んでた

動かすようにと言われたリハビリがてら
小さいソファーのカバーを縫い縫いした
抑えたり曲げたり、ゆっくりでも動かさないと出来ないから
良いリハビリになった気がする。

 

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手術までの経過~③

注射⇒治まる
他の指の発症 注射⇒治まる
再発⇒注射
を繰り返す頃には
これは、もう休養すれば治るレベルではないと感じ始めていた
そして
とうとう
間隔、回数ともにステロイドが使えなくなった。

私は針が全く怖くはない
むしろ譬え注射の中身が生理食塩水だとしても
ある意味効果が出るほど。

ネットには整体・整骨院
腱鞘炎の治療をしてます広告も溢れている
オステオパシーも行った
良さげなところは高額過ぎる
整骨院で体外衝撃波治療も受けた
これは、否定はしないけれど
金額的にも決して安くはない、色々許容範囲
しかし
痛いところに我慢できる程度の極限のレベルで衝撃を与える
痛いときは触れるだけで激痛なのに
  (私の場合はガングリオンもあり)
痛さに弱いほうではないつもりも
痛すぎて耐えられなかった ( `ー´)ノ

腱鞘炎手術の記録・・・左中指<2日目>

<パンパンに腫れてる>

これ以上に腫れようがないくらいに腫れあがってます。

傷口は2ミリ程度なので小さいけれど中が痛い( 一一)

手のひら側から見ると腫れは目立たないかも。

午前中は病院へ。
傷の処置?確認?消毒。
あのグルグル巻きから絆創膏に変わった。

車の運転は出来るけれど
ギアとかなんかは右手使ってヨイショ
動かすなんてイヤイヤトンデノナイ
先生が早めに動かすほうが良いって言ったけど
病院でも
「残念ながら今日は無理です!!」
私が無理なんだから無理でした( 一一)

グルグル巻きの包帯も外れたことだし
ケーキに付けてくれる小さい保冷剤で
腫れた手をずっとずっと冷やした
先ずは濡れないようにグローブをはめて
保冷剤は鍋つかみミトンに入れて手をサンドした
痛いから保冷剤が固いと痛いし 腫れてるから冷やさないとだし
とにかく耐えながら頑張った

 

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手術までの経過~②

2021年1月4日

開業後の初クリニック受診。
最初の治療はエコー検査後にステロイド注射
想像より全然痛くない
経過は…と言えば3日後にはもう完治したかと思うほどに
痛みはなし。
動き快調。

ところがね、今度は別の指が~~~(-_-;)
そこから先
注射⇒治まる
他の指の発症 注射⇒治まる
再発⇒注射

5月の末には
勤務の関係で治療に行けぬまま
とうとう指をかばい過ぎか
左肩も悲鳴を上げた。

はじめて
出勤はしたものの仕事にならずに早退
その後は
このまま介護職を続けていくとどんどん悪化していくだけ~と。
とにかく介護職を続けて
介護福祉士の受験・合格が当面の目標だから
こんなことで身体を壊してはいられない
この先も続けていくためにはと
診断書を職場に提出
重い身体介護からは外れることに
それと引き換えに 正社員→非常勤に (-_-)zzz

ベッド上での体交・オムツ交換も
指に力が入らずに辛かった
立位が可能な入居者様でもズボンがきついと
ズボン上げるの握力なくて辛いこともあった

診断書提出したのが6月で
あっという間の降格
って言うより遡って6月1日付で非常勤にって
いろいろと職場にはガッカリやらビックリやら
目の前にあったボーナスもなし。
夏季休暇もなし。
バースディ休暇もなし。
やる気なくして辞めることも考えたけれど
この手じゃ----今は耐えるしかないかと残った
あれから10ケ月もたった____。

腱鞘炎手術の記録・・・左中指 当日 <1日目>

<止血と保護をかねて? グルグル巻>

傷口は、次回お見せしますが
低侵襲手術(最小侵襲手術)に該当する2m切開、傷は小さいです。
ネットで見た他の病院では縫っていませんでした。


ここに至るまでの治療についても追々書きとめたいと思います。

<腱鞘切開刀>

これの存在を知ってから、Y先生が導入したのを知るタイミングって
まさかの奇跡☆彡
偶然は必然でそれは縁を超えた

 

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ここでは、病院HPにある様な良いとこどりだけの内容ではなく
事実をありのままに
包み隠さず書き残そうと思います。

手術の開始予定は15時
14時半から準備が始まる
先ずは、麻酔
これが今までの腱鞘炎で受けてきたどの注射よりも痛い
痛いなんてもんじゃないくらい痛い
大昔の(40年前)の虫垂炎の腰椎麻酔を思いだした
そして、麻酔薬の量が多くない?ってくらいの量
歯科だと何滴か程度よね・・・

エコーで確認して
腱鞘の位置にマークを×付けたり
長袖を着ていたので上だけ手術着に着替えたり
麻酔が効き始めるまで
リクライニングシートで雑誌を見たり

さてさて
始まりました
多分、3時ちょうどに開始 時計が見えてないので
右手には血圧計が巻かれ
時折、声を掛けられ図ってました
「始めますよ~よろしくお願いします」
なんとなく、メスで切られたような気がする←あくまでも気がする

色々と 嫌な患者の代表みたいに
アチコチのHPやらブログやら見まくって
数分で終わる?まさか~???と思ってはいたが
ん・・・なんかパシッとスパッとはいかない感じが。
痛くはないけれど、探られてる感じが(-_-;)
全然、怖くもないし
信用しかしてないY先生なので
「今って?どんな感じですか~?」('◇')ゞ
慎重に慎重を重ね、進めているそうな
腱鞘を切る時の感覚は
ゾゾゾ?ズズズ?ガサガサ?
自分の中の感覚で
私の腱鞘は、かなり厚肥していて
もう手術以外の選択肢で回復するレベルではないと
実際にそんな雰囲気だった様子
諸々が終わり
「今って何時ですか?」の返答が3時50分
やっぱりね。

Y先生が看護師さん(奥様)を呼ぶ声が優しくて癒された____。

 

手術着を着替えて、処方箋を貰って
車を運転して帰宅。
包帯グルグル巻きだけど
麻酔が効いてるから痛くもないし
薬局へ寄って 抗生剤と鎮痛剤と胃薬を5日間分

ここから先が
ちょっと大変なことが起きた
夕方の18時くらい
麻酔はガンガン効いたままなのに
手のひらの奥が痛い 酷く痛くなり始めた
食事を軽く済ませて服薬するも 超絶痛い
薬は効かない 麻酔は効いてる
何なんだ?これは…手の感覚もないのに痛くて仕方がない
手首辺りまで痛くて辛い
巻かれた包帯がきついから?
緩めて良いよって言っていたのを思い出し少し緩める。
手首の辛さは楽になったような~

寝るしかないか と
21時には布団の中へ
寝れたものじゃない!!
麻酔が切れ始めたのは23時過ぎ
指先からの感覚が戻ったのは深夜の2時くらい

明け方の4時くらいには痛みのピークが過ぎた。

気を紛らわそうと
早朝6時に いちご大福の行列に並ぶ。


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手術までの経過~①

腱鞘炎の治療を始めたのは
2021年1月4日
年末の仕事中から、耐えられない程に手が痛く
病院探しを始めました。
以前、ブシャール結節の際にお世話になったY先生の勤務されていた病院
HPを確認すると既に名前はなく
誰を頼れば良いのやら
ネットで口コミを読むほどに信頼できる所は見つからず…
そんな中、やっと出会えました
Y先生が開業されていたのです!!
開業直後(12月開業)で余り宣伝等もされておらず
巡り合えたのは奇跡に近い(笑)
そして、年明けの4日を逃すと勤務が続き受診できない
連絡先のメルアドに受診希望の旨のメール
トントンと事は進み4日の受診が叶いました。

 

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